恵みのしずく

恵みのしずく(30) 「年々歳々、心こめて・愛こめて」(Ⅳ) (藤崎 信)

〈7月の便り〉

 

  • 「一昨日より泊まり込みで、日立で前夜式・告別式を行ないました。7月より新しい牧師(島田進師)が日立教会に参り、就任式は8月30日という予定であります。私はこの人事に一切かかわっておりません。「後ろを忘れて、前に進む」(ピリピ3:13)であります。

 日本キリスト教団は、8月の第1主日を「平和聖日」としております。黄金(こがね)ひまわりの咲く頃となりました。

 「敗戦日」がぐったりというか、全く忘れ去られようとしています。今年も「平和行進」を行ないます。祈りに覚えていただければ幸いであります。御身くれぐれもお大切に。

2003年7月25日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「連絡が遅れました。申し訳ございません。お赦しをいただきたくお願いいたします。今週、月・火と日本キリスト教団の「教誨師教区代表者研修会議」のため、神戸に参っておりました。会の内容は素晴らしく、「宣教の最先端」を意識させるものでありました。そこに主がおられる、と感激した次第です。

 とにかく暑いので、ほうほうの体で帰って来ました。そして「昼も夜もない。夕暮れ時に、光がある」(ゼカリア書14:7)に深く慰められ、他の人の暑さ、悲しみを思い、祈ることを教えられております。御身くれぐれも大切に。

2004年7月1日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「いかがお暮らしでございますか。暑さに参っています。「私の戒めに耳を傾けるなら、あなたの平和は大河のように、恵みは海の波のようになる」(イザヤ書48:18)。

 昨日、小林啓一氏の葬儀のために日立に参りました。久しぶりに海を眺めました。小林氏は、反原発・護憲の人で、県議を4期なさいました。「神の子たちの連結」(マタイ5:9)を思わしめられております。御身くれぐれも大切に。

2004年7月23日(金) 心こめて藤崎 信」

  • 「連絡が大変おそくなりました。お詫びいたします。何かぼんやりして、といいますか、あるものに取りつかれて忙殺される、と申しますか、何かおかしいです。

 暑い日が続くと、一枝さんのことが心配で落ち着きません。しかし、このままでいい、という主の声を聞くと落ち着きます。勿体ないような日々を感謝し、ありがたく思います。

 7月3日(日)は、加須市の市長選の投票日であります。変わろうとしない市と市民の体質に、不信をいだいています。そうでなく、もっと信頼することが、私には必要なのでしょう。御身大切に。

2005年7月1日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「先週は、最初から旅行に出たりし、また予定しなかったことが2つも入ったりして、乱れたり、困難を覚えたりしました。しかし、一枝さんも私も守られました。

 W杯サッカーも、まだ終わっていませんが、台風一過という次第であります。熱狂も意味があります。

 雨のシーズンであり、考えるにはもってこいであります。キリストのない考えでないように心掛けております。御身くれぐれもお大切に。

2006年6月26日(月) 心こめて藤崎 信」

  • 「連絡が遅れました。お赦しを乞います。遅れる理由はいろいろあります。その都度、違うでしょう。

6月26日(火)、一枝さんが入院しました。検査の結果、即入院となりました。更に検査をするということで、感心した結果は得られないと案じております。

 み心をならしてください、といつも祈っております。たまには、「み心を行なわないでください」と祈りたいですね。御身くれぐれも大切に。

2007年6月28日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「気持ちよく日々をお過ごしのことと御慶び申しあげます。珍しく涼しい日々が備えられ、一枝さんも小康を得て、私も安らかな日々が与えられております。皆さんの祈りを感謝します。新しい発見の日々を心から喜ぶものであります。御身くれぐれもお大切に。

2008年7月3日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「この年も一年の半分を過ごさせていただきました。深く感謝します。病気の者が守られている、ということだけではありません。朝も感謝でありますが、夕もまた喜びであります。「夕べがあり、朝があった」(創世記1:5)とあるように、違った見方をしたいものであります。聖書的な見方をさせていただきましょう。“キリストが私の中にいます”ことを感謝したいと思います。御身くれぐれも大切に。

2009年7月2日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「会堂建設が始まった、と聞きます。うれしい槌(つち)の音が聞こえるようで嬉しいです。

 教会には、いつも問題があります。その苦しみや悲しみは、容易に消えるものではありません。

 喜びはキリストの中にあります。主が再び来たりたもう日、一切がわかり、解決を得ることとなりましょう。その終わりを先取りして、キリストの中にある喜びの生活を実行しましょう。御身くれぐれも大切に。

2010年7月1日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「今年も半年を過ごしました。大変な半年ですが、これからの半年が恵みの日々でありましょう。誕生日を迎えられるかと危ぶんでおりましたが、実に気持ちよく、一枝さんもお誕生日(註:6月19日)を迎え、祝いました。

 私にとって、歩けるのは奇蹟でありますが、人生そのものが奇蹟であります。主イエスと共に歩める人生は、尊いと思います。御身くれぐれもお大切に。

2011年7月1日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • ご連絡が遅れて申し訳ございません。朝を待ち望む“見張り”のように生きております。

 先日、四方温泉に連れて行っていただきました。“走っても走っても山の中”という新緑体験が新鮮でした。四方川ダムや野反湖(のぞりこ)の美しさに見とれました。御身くれぐれもお大切に。

2012年6月29日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「『あなたの御言葉は、わたしの道の光』(詩篇119:105)。7月2日は、一年の中で丁度真中ということであります。人生の真中に、聖書を置いて楽しむことの仕合わせを思います。人生の中の友情を尊く思います。最近、“涙”に打たれています。御身くれぐれも大切に。

2013年7月2日(火) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「7月になりました。『夏は来ぬ』(註:佐佐木信綱作詞の唱歌)であります。いかがお過ごしでございましょうか。“お元気”と思います。

 私は6月22日の主日は「久喜復活集会所」で説教をし、29日は「愛泉教会」で主日の説教をさせていただきました。

 主イエスは「私は世の光である」と申され、「光の子らしく歩みなさい」とさとされました。

 “天国への散歩”も、今年いっぱいではないかと思います。「走るべき道を 走り終えて 栄光のみ国へ 帰るその日、勝利の冠 与えられて 喜びの歌 共に歌おう。」(讃美21-528番「あなたの道を」4節)御身くれぐれもお大切に。

2014年7月1日(火) 心こめて藤崎 信」

 

 

〈8月の便り〉

 

  • 「いかがお暮らしでございますか。お変わりなく、お元気のこととお慶び申しあげます。なんと言っても「主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない」(哀歌3:22)であります。

 私は思いがけないところから指名手配をうけて、明日とあさってと鶴岡教会(山形県)でご用をするようになりました。第5主日は自由である、ということから、このようになりました。「主は、平和をもたらし、災いを創造する」(イザヤ書45:7)。災いであっても、意味があります。一枝さんは弱っています。食欲なし。御身くれぐれも大切に。

2005年7月29日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「8月になりました。今日も暑い日であり、困っています。真夏の太陽の光・エネルギーは、病者には苦手です。「全能の神の陰に宿る」(詩篇91:1)というみ言葉に慰められております。多くの方々の祈りを感謝しております。

 8月はまた「平和の月」であります。“鐘は神の音楽”と言われますが、本当に鐘を聞く機会が失われております。多くの人びとと“平和の鐘”を鳴らしたい、と思います。御身くれぐれもお大切に。

2007年8月2日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「私たちは7月20日(月)より、ここ富士見高原のペンション「北欧」に参っております。暑い加須では何もできなかった一枝さんも、このペンションにやさしく迎えられて、三度の食事をきちんとおいしく頂いております。

 私は8月1日(土)午後に市川のお宅にお寄せいただきたく願っております。選挙の日が8月30日と決められております。正しく投票の日が日本中で行なわれるよう希望します。お会いする日を楽しみにしております。御身大切に。

2009年盛夏「北欧」より心こめて 藤崎 信」

 

  • 「猛暑が続いております。お変わりなくお元気のこととお慶び申しあげます。先日、佐々木卓也さんのことが放映され、聖望キリスト教会のことも紹介されたとの由、大変よかったと思います。

 当日、朝8時のご案内を頂いておりましたが、その日、一枝さんの骨折の手術のため、救急車で病院を移るということになり、見ることが出来ませんでした。しかし、感謝すべきことであります。

 「主の慈しみは、決して絶えない」(哀歌3:22)。このお言葉に希望をつなぐ日々であります。御身大切に。

2010年夏 心こめて 藤崎 信」

 

  • 「先月(22日)浅草橋教会に出席しました。私が日立に参ります時に支えてくださった教会で、最初と最後を思っています。29日は白岡教会に行きました。私が埼玉に来て、最初の説教に招いてくださいました。それ以来、今回で2度目でしたが、最初であり終わりであると思っています。

 次回8月5日(日)の聖望教会は黙示録3章です。着物を着て、白足袋で用意したい。そんな心境であります。きっと素晴らしい「黙示録」になると、そんな予感がします。「時は満ちた」。感謝であります。お会いする日を楽しみにしつつ。御身くれぐれも大切に。

2012年8月1日(水) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「涼しい日が続いております。感謝です。今日は、これから鬼怒川方面に行って参ります。教会のバザーの作業をする方々の一員に加えていただくためです。「鬼怒」とは、よく言ったものです。荒れ川だったのですね。 

 見えざる解放を与えられれば幸いであります。御身大切に。

2013年7月25日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「山本邦昭兄へ。主の御名をさんびします。大きな御便りを感謝します。教会の様子が実によくわかりました。教会とは建物でなく、また教える所でもなく、「集められた者の集団」(カーハイル)で、それをギリシャ語で言いますと「エクレシア」になります。

 新約聖書では「キリストの体」と表現していますが、「交わりの群」であります。身は離れていましても、祈りにおいて、主の霊において一つであります。あなたが病いに倒れて、第二の「召命」を受けたのでありましょう。いや、この第二こそ、第一の召命でありましょう。証し人、主の証人となって「神のご栄光」を現わしてください。御身大切に。

2016年8月25日(木) 心こめて藤崎 信」

 

 

〈9月の便り〉

 

  • 「お祈りにおぼえていただきました「平和行進」も雨の中、感謝のうちに終わりました。試練を受けているという思いを抱かされました。

 明日(8月31日)は埼玉県知事の投票日であります。女性が2名立っております。そこに御心を感じております。私は不在者投票をし、新任牧師(島田進師)の就任式のために日立に参ります。

 9月は、私の誕生の月であります。「わが詩(うた)いよいよ拙(つたな)くあれ。キリストの栄(さかえ)日毎に大きくあれ」。これは八木重吉の地上生涯最後の「頌歌(うた)」です。私もそうありたいと願い、祈るものであります。御身くれぐれも大切に。

2003年8月30日(土) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「急に涼しくなり、ホットしております。結婚式も恵みのうちに終えまして、教会は秋を迎えます。それと共に、教会は若い人を祝福する、ということが大切と思います。ありがたいことに、わが聖望教会は若い方々に恵まれております。

 「悟りのない民は滅びる」(ホセア書4:14)。国民としての躾(しつけ)を考えます。家庭で、社会でみ言葉による学び、訓練が必要であります。そのことを主に求めたい、と思います。御身くれぐれも大切に。

2004年9月1日(水) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「酷暑のいっときも、あっという間に過ぎていき、“新しい旅立ち”の秋を迎えました。私にとっては、敗戦後の61年目になります。人生で言えば“還暦”を迎えての第1歩に当たります。

 時あたかも、衆議院総選挙の始まりであります。日本の国が、どのようになっていくのか。その選択の決まる時でもあります。民主主義はVote(投票)で決まります。大切な自由を、私たちは正しく用いて参りませんでした。もてあましております。みんなが正しくなるよう祈ります。国の上に、家庭の上に…。御身くれぐれもお大切に。

2005年9月1日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「いかがお過ごしでございますか。お伺い申しあげます。猛暑にはまいっております。しかし、聖霊の風も吹いております。

 8月20日は愛泉教会で説教しました。その午後、春日部文化会館でバレエ「ジゼル」を見ました。感心しました。

 夏休みの8月ですが、何やかんやとあり、疲れはありませんが、“いい人間になれない”自分を反省しております。

 「よいこになれない わたしでも かみさまは あいしてくださる」って、イエスさまの おことば。(讃美歌21-60番3節)。いい詩ですね。御身くれぐれもお大切に。

2006年9月1日(金) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「猛暑の夏をいかがお暮らしですか。お伺い申しあげます。9月は、真夏の過ちを9月の大空の下で悔いて、新しい歩みをする時である、と言われます。小学校時代を想い出します。

 先日、俊さん(孫)たちと一緒に寿司を食べに行きました。彼はすこぶる機嫌(きげん)が悪いのです。後で分かったことですが、「親と一緒に歩いている」こう言われるのが、とてもきついらしいのです。

 子供たちは長い眠りから覚めて、独立していきます。あっという間です。

 夏の終わりに志賀高原に参ると、お電話で聞きました。想い出の深い家族旅行となりますように。旅路の安全を祈ります。

 竹下豊さん(註:力さんのお父さん)、網野洋子さんたちのために、祈りを一つにします。御身くれぐれもお大切に。

2007年8月24日(金) 心こめて藤崎 信」

  • 「突然の福田首相の辞任に驚かされました。“自分では選挙はできない”ということでしょうか。それが分かっていれば、最初から辞退すべきであったと思います。国の前途を憂(うれ)うること大であります。次の首相は、高齢者を大事にする人になってもらいたい。御身くれぐれも大切に。

2008年9月4日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「お変わりなくお元気のことと御慶び申しあげます。8月30日の総選挙は、なんという出来事でありましょうか。こういう日に出会ったことは、運命でなく摂理であったと思います。神が生きて働いている印しであります。神は私たちの怠慢を叱る新しい道を備えてくださいました。

 民主党は、「4年間で一歩」という歩みでよいと思います。国民に、人々に育てられる党となるように希望します。御身くれぐれも大切に。

2009年9月3日(木) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「9月を気持ちよく迎えました。「すべての国よ、主を賛美せよ。」(詩篇117:1)

 会堂建設も、気持ちよく進められていると、思います。

 次回、聖餐式で讃美歌21-81番の「主の食卓を囲み」を歌いたいと思いますので、ご用意いただけると、ありがたいのですが…。

 日本の政治も経済も難しいところに差し掛かっています。主の導きを願い祈ることが切であります。ハレルヤ!! 御身くれぐれも大切に。

2010年9月1日(火) 心こめて藤崎 信」

 

  • 「新しい首相が決まりました。神のみ心がどこにあるのか、テレビを見て考えておりました。よく分かりませんが、海江田氏がならなくてよかったと思っております。とにかく、あと2年はしっかりやっていただく。私たちも本気で支えていきたい、と思います。

 一枝さんは、先週の金曜日(8月26日)*に退院しました。ありがとうございます。感謝であります。御身大切になさってください。

2011年9月1日(木) 心こめて藤崎 信」

*(註:この日の13日後、9月8日に一枝さんは天に召されました。享年89歳。信先生は一枝さんを偲んで一年間、新聞を止め、世的なことも極力避けて鎮魂に努められました。)

 

  • 「聖望キリスト教会・礼拝次第。2012・9・2(日)/聖書:黙示録4:1〜11/招詞:イザヤ書6:1〜3/交読文:詩篇139:1〜24/

讃美歌21:18、528、81、91/説教題:『見よ、開かれた天の門』

 以上であります。よろしくお願いいたします。暑い日々が続いております。主をさんびして、涼しく過ごしております。」

 

  • 「ご無沙汰と言うか、すっかり失礼いたしました。何回もお電話をくださり、まことに申し訳ございません。お許しを願います。8月5日(月)より27日(火)まで、富士見高原「北欧」に参っておりました。

 昨夕帰って来て、何かおかしい感じで、今朝起きて、生きている静けさを悟りました。

 どこにも、誰にも知らせず、朝散歩しておりました。9月から救いの常温を感じて歩みます。御身くれぐれもお大切に。

2013年9月1日 心こめて藤崎 信」