8月25日:マコト・フジムラ師「朽ちない栄光」
2016年9月11日(日)イザヤ書53章4~12節より「沈黙と美」と題して語って以来。実は、マコトさんは前年2015年にロサンジェルスにあるフラー神学大学の文化施設ブレム・センターのセンター長に就任し、益々多忙の身に…。しかし、変わらぬ笑顔で以下の宣教を。礼拝57名(CS 5名)。
★マコト師の“お弟子さん”3名が当教会に滞在!★
8月19日(月)~26日(月)。いずれも初来日のディアさん、マーシーさん、メアリーさん。日本と市川が大好きになり感謝して帰られました。
★「朽ちない栄光」(Ⅰコリント15章35~44節)★
昔、私が描いた絵「犠牲」(“Sacrifice”)に来ると出合える教会…。確か、佐藤美術館で行った私の展覧会の入り口正面に飾ったこの絵を大竹さん(注:実は登巳子さんです!)が気に入って求めてくれた。犠牲があってのこと。
聖書が語っている「新しいいのち」とは何なのか? 暗闇を通さないと、見えない“いのち”がある。16~17世紀の日本の美に魅かれて日本に来た。私が師事した加山又造先生も、新しいものを創る芸術家として“琳派の美”が必要だった。貧しいから、暗いから「美」が必要なのだ。
遠藤周作の『沈黙』を初めて読んだ時、「何て暗い作品だろう」と思った。しかし、何回も読むうちに、彼はこの“暗闇”から新しい世界を生み出した。闇と死にあっても変わらぬ主のいのちの光を確信したのだ。
※音声の後半部分は個人的なお証になりますので、フジムラ師のご要望によりカットされております。