日曜礼拝

8月27日:山中直義牧師「神の霊が宿る人」創世記41章25〜45節

福澤先生のピンチヒッターも快く引き受けてくれた山中直義牧師が、6月・7月・8月と3カ月続けて創世記39章・40章・41章を連講された。
もちろん、これは創世記37章から始まる「ヤコブの歴史」の続きです。27日(日)の宣教は以下の通りで、ヨセフがいよいよ…。礼拝計42名。

 

★「神の霊が宿る人」(創世記41章25〜45節)★
ヤコブの家族の物語も、いよいよ「ヨセフ物語」とも呼ばれるべき箇所へと入ってきた。40章の最終節(23節)である人がヨセフを思い出さず、2年が過ぎたとある。しかし、絶望の底でも、主はヨセフと共にいたのです。それで、ヨセフは神がこれからなさろうとしていることを、ファラオ(王)に力強く進言できたのです。王に仕える栄光の立場に。
ファラオ自身がヨセフのことを家臣たちに言っています。「神の霊が宿っているこのような人が、ほかに見つかるだろうか」と(41:38)。
ヘブル人への手紙1章1節に「神は昔、預言者たちによって、多くの部分に、多くの方法で先祖たちに語られた」とあります。神の霊を宿す者として、神がなさろうとすることに、私たちはどう反応すべきか…?