恵みのしずく

「恵みのしずく」について

恵みのしずくと題して主から頂いた数え切れない恵みの一端を綴ります。

  • 恵みのしずく(15) 「母よ、主の御つばさに乗って天翔けよ」

     1984年のアドベント(待降節)に入る前日の12月1日(土)午後7時7分、母千代は、走るべきこの地上の行程を走り終えました。  思えば、母の75年の生涯、特に晩年の4,5年は思いがけない病の進行に・・・


  • 恵みのしずく(14) 「破れ口に立つ主」

    (以下の一文は、1999年9月25日(土)、聖望キリスト教会会員の熊田靖子姉のご主人・美幸兄の納骨式において、司式をされた藤崎信牧師の説教です。   実は、この3年前の1996年12月に、設立以来3・・・


  • 恵みのしずく(13) 「あるペンテコステ物語」 -グランマ晴子の超克人生-

     (「超克」とは、いかなる困難・試練をも乗り越えて、それに打ち勝つこと。聖書で言えば、まさにⅡコリント4章8節です。以下の話は、1997年5月18日のペンテコステ礼拝で、大竹が「飛んできた風船と晴子お・・・


  • 恵みのしずく(12)-2「わが歩みは福音館とともに」 (大竹 登巳子)

    またたくまに献堂3周年を迎えました。3年前の抜けるような青空のクリスマスの日に、宮園福音館の初穂として受洗させて頂きました。その日は、イエス様を信じることができて、まるで奇蹟が起こったとしか言いようの・・・


  • 恵みのしずく(12)-1「私の信仰術」(大竹 達之助)

     以下に取り上げた二篇は、すでに「恵みのしずく」(5)の「私はいま受洗しました」が掲載された、私たちの母教会である「宮園福音館」(千葉市稲毛区宮野木町にあり、現在は「宮園キリスト教会」に改称)の献堂3・・・


  • 恵みのしずく(11)「“一粒の麦”となってくれた父」

     私の父・大竹達之助は、1903年(明治36年)1月1日(実際は前日の大晦日)、千葉県佐原に生まれました。佐原駅に近い、通称「佐原銀座」の中程で米・薪炭を扱う商店の長男として出生しましたが、生母かねに・・・


  • 恵みのしずく(10) 「恩寵の50年」(藤崎 一枝)

     藤崎信・一枝夫妻埼玉県加須のご自宅前にて:2002年11月29日撮影      神様のお仕事をする人が一番。その愚かしい程に思える単純さに家族は、不安を隠さなかった。そして・・・


  • 恵みのしずく(9) 「藤崎先生ご夫妻と聖望キリスト教会」

     前回の「恵みのしずく」(8)で、1987年5月15日(金)から始まった藤崎先生と「市川家庭集会」との関係が、1996年4月まで約10年間続いたことは、すでに記しました。  次は、先生ご夫妻と聖望キ・・・


  • 恵みのしずく(8)「藤崎 信先生と市川家庭集会」

     今年(2018年)9月15日(土)が来ると、“私たちの愛する”信先生は満92歳を迎えられます。今回は、先生との主にあるお交わりがいつから始まったのか、振り返ってみたい。  そのきっかけは、このシリ・・・


  • 恵みのしずく(7)「六千人の命のビザ―杉原千畝(ちうね)の決断」

    (この一文は、「東京キリスト伝道館」の加藤正義師が毎月発行した『よきおとずれ』第36巻第8号、平成3年=1991年8月1日号からの抜粋です。)    私は過日、いのちのことば社を訪れた時・・・


  • 恵みのしずく(6) 「ああ、戦争はいやだ、戦争はいやだ」

    (この一文は、当時87歳だった奥野静枝姉が2005年8月14日の「平和祈祷・証詞礼拝」で語ってくれた自らの戦争体験のお証詞です。 結婚してまだ2年にも満たず、次男がお腹に2ヶ月の時、愛する夫は召集令・・・


  • 恵みのしずく(5)「私はいま受洗しました」

    (今から37年前の1981年3月、千葉市宮野木から市川への引っ越しの慌ただしさの中で、私は受洗を決断しました。以下の文章は、受洗後に語った皆様への感謝と、そこに至った私自身の思いを正直に綴ったものです・・・